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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)7696号 判決

原告 株式会社太進工業所

右代表者代表取締役 大澤進

右訴訟代理人弁護士 野島豊志

同 新壽夫

被告 玉川藤雄

〈ほか一九名〉

被告ら訴訟代理人弁護士 小林良明

同 岡村親宜

同 山田裕祥

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して、一七六万六五〇〇円及びこれに対する昭和五三年二月七日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  共同不法行為に基づく損害賠償請求に対し

被告佐々木みさとを除く被告ら

主文と同旨

被告佐々木みさと

請求棄却

2  原告は、昭和五五年六月二五日の本件口頭弁論期日において原告と被告ら間の私道排水設備工事請負契約の民法六四一条による解除に伴う損害賠償請求の訴の追加的予備的変更を申立てたが、右訴の変更は、著しく訴訟手続を遅滞させるものであり、また、従前の訴訟の経過に照らして信義則に反するから許されない。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、東京都(以下、都という。)指定の上下水道工事店である。

2(一)  被告らは東京都目黒区鷹番二丁目付近の住民であるが、昭和五一年四月ころ同区報等で同区鷹番に公共下水道ができることが報ぜられたので、原告の従業員佐山辰夫(以下、佐山という。)及び松本清三郎(以下、松本という。)は、同年六月、被告らに対し、私道排水設備を設けるように勧誘してまわった。その結果、被告らの間から原告の開く説明会の説明を聞いて意見が一致したならば工事契約をしたいとの意向が出てきた。そこで、原告は、同年七月五日夜鷹番会館において説明会を開催することとする一方、引き続き各戸を訪問して勧誘を続けた。

(二) 右説明会には被告らのうち一六名が出席し、原告が工事の内容、工事費はその九〇パーセントについて都及び同区から補助金が出ること、残りの一〇パーセントは住民の負担となること、右補助金の交付を受けるに必要な手続として住民が代表者を選出し右代表者に右申請を委任しなければならないことなどを説明した。右出席者は、それに続いて相談会を開き、左記の如き私道排水設備工事(以下、本件工事という。)を原告に発注することがきまり、世話人として被告玉川、同増田、同一条及び同添畑が選ばれ、さらにその代表に被告玉川が就任することになった。

工事場所 同所同番一六号先路上

工事内容 内径二五〇ミリメートルのヒューム管を埋設して各家庭の排水を公共下水道に排水する設備を設ける。

工期 下水道供用開始の告示後三〇日間

工事代金 七〇六万六〇〇〇円(見積)

支払方法 工事完成後の都の査定金額をもって確定した右工事代金額とし、その九〇パーセントは都及び同区の補助金を原告が代理受領し、残りの一〇パーセントは被告らが負担して原告に支払う。

(三) 原告は、被告玉川と、その後、右決定に基づいて都に対する排水設備計画確認申請書並びに都及び同区に対する工事助成金申請書に調印するとともに、右出席者からこれらの書類の作成に必要な委任状の交付を受けた。そのうえ、右説明会に出席しなかった被告らに対しては、右世話人が原告の担当者と各戸を訪問して趣旨を説明し、原告との契約について同意を得て、この作業は同年八月九日に終了した。

こうして、原告と被告ら各自との間で、同年七月五日ころから同年八月九日ころまでの間に(ただし、被告磯貝との間では同年一〇月末)、都の工事認可を条件として、本件工事を原告に発注する合意が成立した。

3  原告は、その後、被告ら各戸の下水道の現状を調査してその本式図面の作成に着手し、同年一二月二五日これを完成した。原告は、昭和五二年に入ると、被告らを各別に訪問して今年は工事に着手する旨の挨拶をし、都に対する工事認可申請の前提である都による当該地区に対する工事告示を待っていた。ところが、被告らは、共同して原告の損害発生を目的として本件工事請負契約を破棄した。すなわち、被告らは、協議のうえ原告が本件工事の請負契約の内容に従い図面作成等の実行に着手していることやこの段階で右契約を破棄することが原告の地域における営業信用上重大な損害の発生することを承知しながら、たまたま被告玉川の知合いである神林工業所に発注を切り替えるため、あえて右契約を一方的に破棄したのである。

4  原告は、右被告らの本件工事請負契約の一方的破棄により、次の損害を被った。

(一) 現実損害       四〇万円

原告は、施工設計図作成費用一〇万円及び佐山に対し契約報酬金三〇万円を支払った。

(二) 得べかりし利益 一七六万六五〇〇円

前記工事代金額は原告の見積ではあるが、工事終了後都の査定により最終的に決定する金額も、一定の算定基準によるところから原告の見積額とほとんどの場合一致するのが実状である。原告は、私道排水設備工事をするにあたり、その材料費及び人件費等の原価を工事価格の七五パーセントとしており、本件工事の場合にも下請業者には工事代金の七五パーセントで発注することにしていた。したがって、原告が本件工事を行っていた場合、前記工事代金の二五パーセントにあたる一七六万六五〇〇円の利益を得ていたはずである。

5  よって、原告は、被告らに対し、主位的に共同不法行為による損害賠償として、予備的に民法六四一条の解除に伴う損害賠償として、連帯して右損害二一六万六五〇〇円のうち一七六万六五〇〇円及びこれに対する昭和五三年二月七日から賠償済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)のうち、被告らが東京都目黒区鷹番二丁目付近の住民であること、同所付近の都道・同区道に公共下水道が敷設されることになったこと、原告が昭和五一年六月ころ被告ら居住地区の私道排水設備工事受注について営業活動を行ったこと、同年七月五日に説明会が開かれることになったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同2(二)のうち、原告が同日説明会を開催したこと、右説明会に被告増田、同市川、同藤田、同富田、同池田、同一条及び同添畑並びに被告玉川、同土屋及び同松本の家族が出席したことは認めるが、その余の事実は否認する。右説明会は工事費助成金制度に関するものであって、原告主張の如き本件工事発注に関するものではなかったし、また、本件工事発注について意思決定をすべき時期、場所でもなかった。被告玉川が住民代表に就任したのは後日のことである。

(三) 同2(三)の事実は否認する。被告らは、本件工事請負契約と切り離して右助成金申請に必要な書類の一部に署名押印したにすぎない。したがって、原告と被告ら間に右契約が成立していないことは明かである。

3  同3のうち、被告玉川が昭和五二年一月二〇日原告に対し本件工事を発注しない旨通告したことは認めるが、その余の事実は否認又は不知。助成金申請に必要であるということで前記説明会後しばらくして住民代表に就任した同被告が右の通告をしたのは、公共下水道供用開始公示までの数か月の間、原告の信用調査を行なった結果、次の点で到底原告に本件工事をまかせるわけにいかないと判断したからである。

第一に、原告の評判が極めて悪いこと。その具体例として、原告が施行した工事で道路の陥没などのミスが発生しており、しかも、工事を発注した住民からのクレームに対しいつまでもこれを放置するなどのことがあった。

第二に、他の指定業者と比較して工事見積代金が高いこと。

第三に、原告は過去店舗を移動しており、今後も工事終了後移動する恐れがあり、設備の維持管理などアフターサービスに欠ける可能性があること。

そこで、役員会(世話人会)では、同月一七日、原告との間で本件工事の請負契約はしないことを決定し、同被告は、同月二〇日、監督官庁である東京都下水道局南部管理事務所に連絡してそれまでの原告との経過を話したうえで原告への工事発注拒否の可否について相談したところ「かまわない」との回答があったので、同日、佐山、松本の両名を自宅にまねいて右の三点を告げ、原告には信用がないとして本件工事を発注できない旨明確に伝え、佐山、松本の両名もこれを了解した。以上のとおり、被告らの原告に対する本件工事発注拒否についてはなんらの違法性もなく、仮に原告と被告ら間に本件工事請負契約が成立していたとしても、右契約解除は被告らの正当な権利行使というべく、違法性はないものである。

4  同4は否認又は争う。原告のように、現実の工事を下請けに出し、工事価格内でのマージンを取得する営業方法において、二五パーセントなどという高率な利益率自体、暴利としかいいようがない。しかも、原告の、材料費人件費等の工事原価が工事価格の七五パーセントで残りが利益であるという主張と、右利益のほかに、設計図作成費用、佐山への報酬を加えたのが損害であるとの主張は矛盾するものである。

第三証拠の関係《省略》

理由

(共同不法行為による損害賠償請求について)

一  本件工事請負契約の成立について

請求原因2(一)のうち、被告らが東京都目黒区鷹番二丁目付近の住民であること、都道・同区道に公共下水道が敷設されることになったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告らの住居は、いずれもほぼ南北に通ずる延長約九〇メートル、幅員約三・五メートルの第三者所有の私道ないし右私道の中央付近とその中央付近で交差しほぼ東西に通ずる延長約七〇メートル幅員約三・五メートルの同人所有の私道に面していること、右各私道(以下、本件私道という。)は、いずれもその末端において公道に連絡していること、したがって、被告らの家庭が下水を右公共下水道に流すためには、各戸に排水設備(私設下水道)のほかに本件私道の排水設備(私設下水道)が必要であったこと、ちなみに、被告らは、昭和五二年六月、都下水道局から、被告ら居住地域は同月二三日から下水道が使える旨の通知を受けたこと、私道排水設備工事をするには、工事に着手する七日前までに同局に排水設備計画届出書を提出し、排水設備届出済証の交付を受けなければならないことを認めることができる。

そして、請求原因1の事実及び2(一)のうち、原告が昭和五一年六月ころ被告ら居住地区の私道排水設備工事受注について営業活動を行ったこと、同年七月五日に説明会が開かれることになったことは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、原告の従業員佐山と松本は、同年六月、本件私道に面する住居地域に近い将来都の下水道供用開始の告示があることを見越して、右住居の大部分を各戸に訪問して原告作成の「水洗トイレで明るいくらし」と題するカラー刷りの広告パンフレットを配り、排水設備等の設置を勧誘して回ったこと、また、右佐山と松本は、そのころ、右各戸宛に、原告作成の・同年七月五日夜七時から、鷹番一、二丁目会館において、私道排水設備の敷設にあたっては当局に申請して公金の援助を受けることができることについて説明するから、最少限各戸一名ずつ出席して協議相談を願いたい旨の記載のある「御案内」と題する謄写版刷りのちらしも配布したこと、同区内において下水道供用開始の告示になった区域内の・幅員一・五メートル以上の私道に面する五戸以上の人々が、昭和五二年度にその排水設備に下水を流すべく、しかも便所を直ちに水洗式に改造することにして私道の排水設備を敷設する場合には、工事前に都及び同区に対し助成の申請をすると、都と同区から合計して助成基準工事費の九〇パーセントの助成金が交付されること、右助成申請には、都に提出すべき書類として、私道排水設備計画届出書、私道排水設備助成金申請書、私道所有者の土地使用承諾書及び関係者の委任状が、同区に提出すべき書類として、私道排水設備助成金申請書、関係者の委任状(二号様式甲)及び都下水道局発行の私道排水設備助成金確定通知書(写)がそれぞれ必要であること、右助成申請をした場合における私道排水設備工事は、助成申請者が右私道排水設備助成金確定通知書を受領してから取りかかることになっていること、なお、私道で排水設備が完成した後私道整備工事(私道の舗装)を希望する場合には、申請をすると、同区の方で助成をすること、私道排水設備助成金申請、私道排水設備計画届出書の提出等は、都指定下水道工事店でもその代行をしていることを認めることができる。

また、請求原因2(二)のうち、原告が昭和五一年七月五日説明会を開いたこと、右説明会には被告増田、同市川、同藤田、同富田、同池田、同一条及び同添畑並びに被告玉川、同土屋及び同松本の家族が出席したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、前記佐山と松本は、右説明会において、右出席者に対し、本件私道の排水設備工事について総額七〇六万六〇〇〇円の工事費見積書及び平面図を配布して簡単にその内容を説明し、右工事には都と同区から工事費の九〇パーセントにつき助成金が出るので、住民が負担すべき工事費は残りの七〇万六六〇〇円であること、住民が代表を選んで右代表者に助成金の交付申請を委任する必要があること等も説明したこと、右出席者は、それに引き続いて話し合い、右代表に被告玉川になってもらうことをきめたことを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

そのうえ、《証拠省略》によれば、前記佐山と松本は、同月六日ころから、被告安田を除く被告らを各別に訪ね、前記説明会出席者以外の被告ら(ただし、被告安田を除く。)に対しては趣旨を説明して、被告玉川を除く被告ら(被告安田、同佐々木についてはそれぞれの代人が独断で)から本件私道の排水設備助成金の交付申請にあたり都及び同区に提出すべき各委任状並びに私道整備助成工事の助成申請にあたり同区に提出すべき私道整備工事助成申請書及び委任状を集め、そのかたわら、前記代表に就任した被告玉川から右助成金の交付申請にあたり都に提出すべき本件私道の排水設備計画確認申請書、本件私道の排水設備助成金申請書及び同区に提出すべき本件私道の排水設備助成金申請書並びに原告代表取締役社長大澤進を代理人と定めて都下水道局私道排水設備助成規程一条による助成金の請求及び領収をする権限を委任する旨の委任状の交付を受けたこと、右佐山と松本は、同年一〇月三一日、被告磯貝から前記都及び同区に提出すべき書類を受け取ることによって、被告らから右書類を集める作業を終了したこと、私道排水設備助成金の交付申請の代行委任と私道排水設備工事の発注とは観念的には別個の行為であるが、右助成金の交付申請の代行を都指定下水道工事店に委任するときは、一般に右代行委任は右工事発注の前提となる行為とみられ、右工事店は、都・区合併助成金を代理受領してそれを工事費のうちに充当していることを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

以上の事実を総合すれば、原告は、被告安田、同佐々木を除く被告らとの間で、同年七月六日ころから同年一〇月三〇日までの間に、各別に、被告玉川が都から本件私道排水設備助成金確定通知書の交付を受けることを停止条件として、本件私道に排水設備工事を、報酬は七〇六万六〇〇〇円と見積るが、助成基準工事費をもって確定した額とし、都と同区の合併助成金は原告が代理受領して右確定した報酬のうちの九〇パーセントに充当し、残額は被告らが負担して原告に支払う旨の約定で請負う契約を締結したことを推認することができ、右推認に反する《証拠省略》はいずれも被告らの言分を記載したものであって採用できないし、また、右本人の供述部分も信用できない。他に右推認を左右するに足りる証拠もない。

二  本件工事請負契約の不当破棄について

原告は、被告らは共同して原告の損害発生をことさら目的として本件工事請負契約を一方的に破棄した旨主張するが、右主張に沿うかの如き《証拠省略》は《証拠省略》に照らして採用できないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。却って、《証拠省略》によれば、同区鷹番三―二〇―二所在の都指定下水道工事店東栄工業株式会社が昭和五一年一一月同被告の拒絶にかかわらず見積だけでもさせてほしいと懇願して見積った本件私道の排水設備工事の報酬は、六六八万六六〇〇円であり、しかも、うち地元の負担となるべき六六万円を同社が負担するというものであったこと、建築請負業を営む同被告は、昭和五二年一月五日に行われた同業の組合の新年会に出席したところ、同業者から、原告が施行した私道排水設備工事でマンホールの周りの道路が雨で沈下し、電話で補修を依頼したが、三回位してやっと補修にきてくれたという話を聞き、その後、知合いの水道工事の業者から、原告が渋谷の方から東京都目黒区碑文谷に越してきたことや、碑文谷地区の仕事が終ったので今度五本木に越したこと、五本木地区の仕事が終ったら外に行ってしまうかもしれないことを聞いたこと、同被告は、さらに、別の水道工事の業者から、私道排水設備中の汚水桝等がつまったときは、設備工事をした工事店に修理を依頼することになるが、その工事店が店舗を移動した場合には注文者が困ることになる旨の注意を受けたこと、そこで、同被告は、同月一八日ころ、本件私道の排水設備の敷設に関して役員になっている被告らと協議したところ、右被告らは、その解決を被告玉川に一任したこと、同被告は、同月二〇日、都下水道局南部管理事務所に、電話で、右の事情を話して相談し、同事務所から、下水道供用開始の告示前ならば、被告らも工事費の一〇パーセントを負担するのだから客である被告らに工事店を選ぶ権利があるので、工事店が適当でないと思ったら呼んでわけを言って断りなさいとの助言を得たこと、同被告は、同日、前記佐山と松本を自宅に呼んで、右両名に対し、右の如き理由を挙げ、また、右事務所の助言を話して原告に工事を委せられないので白紙に戻してもらいたいと述べたこと、それに対し、右両名は、ここまで一生懸命やってきたのだから何とかやらせて貰いたい、店舗は移動しないなどといって同被告の翻意を求めたが、同被告の気持が動かないことを知ると残念だなあといいながら帰って行ったこと、右両名が強い抵抗も示さないまま引き上げたことから、同被告としてはその件は落着したという感じを抱いたこと、事実、同被告が翌日電話で右佐山に対し先に原告に渡した書類を返してほしい旨を話したところ、同人はそれを了解し、右書類のコピーを持ってきて原物の返還を求めた同被告に対しあれは資料として取って置きたいからコピーも原物と同じであると説明し、また、原告は、同年六月二〇日まで被告らに対しなんらの接触もしていないこと、なお、右佐山と松本自身、被告らに対し前記排水設備設置の勧誘ないし書類集めにおいて至急助成金の申請をする必要があるとか、被告ら居住区域の排水設備工事は原告の担当なので被告らが工事を他の業者に注文しても原告がやることになるなどと商売上の駆引きをすら逸脱しているのではないかと思われる言動をしており、被告玉川から原告の信用できないことを指摘されたことに対して反駁できる立場になかったことを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

三  結論

そうとすれば、原告と被告安田及び同佐々木との間では、本件私道の排水設備工事の停止条件附請負契約成立を認めるに足りないというべく、また、その余の被告らについては、仮にその代表としての被告玉川が右契約解除の意思表示にあたって挙示した理由に多少の誤解や思過の点があったとしても、同被告の右解除の意思表示が合意解除の申込なのか、民法六四一条を含むなんらかの解除原因に基づくものなのかを問わず、それをもって不法行為における違法性ないし故意に擬することはできない筋合いである。

したがって、原告の被告らに対する共同不法行為による損害賠償請求は、爾余の点を判断するまでもなく理由がないといわなければならない。

(民法六四一条に基づく解除に伴う損害賠償請求について)

原告は、仮に被告らの本件工事請負契約の一方的破棄が同条に基づく解除であるとするならば、被告らに対し、右解除に伴う損害賠償の請求を追加する旨を申し立て、被告らは、右の訴の追加的予備的変更は著しく訴訟手続を遅滞させるから許されない旨抗争する。

原告の右予備的請求の追加は、昭和五五年六月二五日午前一〇時三〇分の本件第一六回口頭弁論期日に陳述された同月二三日受付の準備書面においてなされたものであること、原告は、昭和五二年一〇月六日午前一〇時の第一回口頭弁論期日に陳述された訴状において債務不履行又は不法行為による損害賠償を請求していたが、右期日に裁判所から被告らの債務が連帯債務になることの根拠について釈明を求められ、さらに被告らからも昭和五三年三月一七日午前一〇時三〇分の第三回口頭弁論期日に陳述された同年二月三日付準備書面において同様の求釈明を受けて、同年六月七日午前一〇時の第四回口頭弁論期日に陳述された同年三月一七日付準備書面においてその根拠を共同不法行為である旨釈明するとともに、右期日において口頭で債務不履行の主張(請求)を撤回(取下)したこと、被告らは、昭和五四年九月二八日午前一〇時の第一一回口頭弁論期日に陳述された同日付準備書面及び昭和五五年五月二八日午前一〇時の第一五回口頭弁論期日に陳述された同日付準備書面において本訴が不法行為による請求であることを確認しながら被告らの主張を展開してきたこと、裁判所は、右期日において原告に対し本訴は債務者自身の不法行為を請求の原因とするものであり、しかもその違法性を請負契約の解除に求めるのであるが、民法六四一条により注文者は請負人が仕事を完成しない間はいつでも請負契約を解除することができるからそこのところを踏まえて違法性について主張を補充整理されたい旨発言したところ、被告らから口頭で同条を指摘する裁判所の発言は原告に一方的に肩入れするものであり、審理も裁判をするのに熟しているから弁論を直ちに終結することを求める旨の弁論があったこと、裁判所は、それに対し、原告の右違法性についての主張整理のために弁論を続行するが、次回は結審する予定なので原告は次回期日前にその点について準備書面を提出されたい旨告げたこと、そして、前記同年六月二三日受付準備書面には、同条に基づく解除に伴う損害賠償請求についてその立法趣旨と損害の主張があるのみであって、その他の要件事実については黙示に従前の主張を援用するだけであること、以上の事実は本件訴訟記録に徴し、或は当裁判所に顕著な事実として明らかである。

したがって、従前の訴訟手続は完結予定の段階であったところ、右訴変更後の訴訟手続の完結には、原告がなお被告らにおいて右解除の意思表示にあたり同条によるものであることを示したこと、右損害賠償債務が連帯債務になる根拠又は請求の趣旨の変更等を主張することを要し、被告らの争い方いかんによってはさらに証拠調べが必要になってくることが考えられることに鑑み、相当の時間を要するとみられるから、右訴変更は民訴法二三三条により許されないといわざるをえない。

よって、原告の被告らに対する共同不法行為による損害賠償請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 並木茂)

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